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首相 えひめ丸慰霊 ハワイで碑に献花
【愛媛新聞 12/28(水)朝刊】

【ホノルル共同】安倍晋三首相は26日午前(日本時間27日午前)、2001年に宇和島水産高校の実習船えひめ丸がハワイ・オアフ島沖で米原子力潜水艦に衝突され、9人が死亡した事故の慰霊碑を訪れ、黙とうした。白い花輪もささげた。
「黙祷」と書かずに「黙とう」なんて書くから、ますます、黙祷の意味もわからない日本人が増えているんじゃないか。
この写真にも問題があると感じてしまうのは、お寺の人間だからかもしれない。そもそも写真はニュースのポイントがどこにあるかを端的に示すためにあるのだけれども、黙祷している(たぶんしているであろう)人間が首相であることを判らせようとしているだけで、誰に対する黙祷なのか不明な写真なのだ。肝心の慰霊碑を写さなくては。
(今書いたことは瑣末な話だ。注目してほしいいのは、ここから。)

写真をもう少し拡大してみよう。 安倍晋三はたいていこのポーズで黙祷している。 わたしの着眼点を説明する前に、もう2枚の写真も見てほしい。

左の写真は、戦艦アリゾナの沈む海に花びらを投げ入れ、犠牲者の冥福を祈る安倍首相とオバマ大統領の様子です。写真=AP http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG28H0P_Y6A221C1000000
右の写真は、米国同時テロ追悼(2014)の時のオバマ大統領らの様子。 http://www.cnn.co.jp/usa/35053733.html
おわかりいただけたかな?
よく見てほしいのは、黙祷時の手の様子。オバマ大統領はいずれも両手をからだの前で組んでいる。かたや安倍晋三はからだの横に垂らしていて(そのことは問題ない)、拳を握っているのだ。
黙祷の「祷」とは、いのる姿を表明することだ。何を祈るのか、黙しているから正確には他人にはわからないけれども、姿に顕すところから他者は察することができるのだ。
黙祷の姿勢について、絶対という決まりは無い、ことになっている。しかし、暗黙の了解・世界共通の認識がある。故人を悼み、不幸な出来事を悲しみ、遺った者が何をなすべきかを胸に秘めて思いをめぐらせる。それが自然と、頭(こうべ)を垂れて直立あるいは片ひざ中腰で不動の姿勢となる。軍人・警察官等に対しては敬礼などの仕草で敬意を表し、故人を称える姿となることも多い。
さて、握り拳は何を意味するのだろうか。無念の情を示していて、感情を押し殺し全身に力が入った状態といえる場合もある。悔しさ、腹立たしさ、やりきれなさの極まった態度がそれだ。安倍晋三の拳は、それだろうか。えひめ丸事故から10年以上経って、遺族でもない人間の黙祷として、ふさわしい自然な感情表現だろうか。パフォーマンスとしても、美しい形だろうか。
拳には、もっと強烈なメッセージがある。拳は、闘いの形に他ならない。黙祷の時の「いのり」の形として拳は好戦的なイメージしか発信していないのではないか。
黙祷、それは古今東西、人間として、未来においても、とても大切な行為に違いないのに、学校で教えていないのではないか。家庭でも教えていないのではないか。わたしは、黙祷の時には、故人を思って追善回向のため御題目を心の中でお唱えしている。だから自然と合掌していることが多い。
参考までに、こんなサイトを見つけたのでご一読あれ。 http://www.dwc.doshisha.ac.jp/faculty_column/life/2011/post-2.html【同志社女子大学HPより】
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